実家の両親にとって、我が子たちは初孫です。
両親は孫の好きな果物やお菓子を定期的に買ってくれて、いつ遊びに行ってもいいようにスタンバイしてくれています。
「どこどこ行きたい!」「なになにが欲しい!」などの願望をものの見事に叶えてくれ、娘の私にも「娘」でいさせてくれる環境を整えてくれていました。
- こどもが全然寝てくれなくて…
- 兄弟ケンカが絶えなくて…
- 夫が仕事ばかりで…
- ワンオペがつらい瞬間があって…
そんな私の些細な悩みを常に受け止めてくれていたのが両親でした。
ストレスを抱えている私に、
なんて誘ってくれて、こどもが幼稚園に行っている間に一緒にお出かけしたことも多々。
今思うと、幸せな瞬間だったんだなぁ~としんみりすることがたくさんあります。
もちろん、私が独身で実家暮らしのときは色々と衝突したこともたくさんありました。
何なら迷惑しかかけていない気がしてならないですが…(汗)
なので、こどもが巣立って夫婦2人暮らしになった両親に「孫」という存在を見せられたことを嬉しく思っていました。
旅行の計画を立ててみようかな~と思っていた矢先…

こども達は、幼稚園に通い出したことで聞き分けが良くなりました。
ダメなことはダメ、お父さんお母さんの言うことを聞くといった最低限のことが当たり前にできるようになったのです。
幼稚園ありがとうーーーー(´;ω;`)ウッ…!!!!
そして、私の育児に対する考えもだいぶ柔軟になってきたので(それまではガチガチにルール通りにやって自分で自分の首を絞めていましたww)

実家の両親を交えて旅行に行ったら楽しそう♪
と、夫に相談の元、我が家で勝手に旅行の計画を立てていました。(夫の実家はかなり遠方なので、年に1回会えればいい位の距離感。私(妻)の実家は、自宅の隣にあります。)
公共の乗り物が好きではない家系なので自家用車で行ける範囲で…温泉地やレジャースポット近辺のホテルなど、色々と検討していました。
忍び寄る病魔
サプライズ旅行の計画を立てていた矢先、



ちょっと体調が優れなくて…眩暈が全然治らないの。
と、実家からHELPが。
ただ、もともと超健康体の親なので最初は「重い感じの更年期?」と楽観視していました。
最初に現れた症状が、
- 常にフラフラして歩くのが怖い
- ひとりでは立てない
- 方向感覚が見失われる
- バランス感覚がなくなる
というものだったように記憶しています。
まさか難病を患っているだなんて1mmも考えてもいなかったので、近くの内科や耳鼻咽喉科を受診しました。
それでも症状は治らず、なんなら悪化さえしている状況でした。
もう一度、別の内科を受診して体の中で起こっている症状を告げると、ここでやっと



紹介状を出すから大きな病院でしっかり検査をしてもらってください
と言われたのです。
ここまできてもなお、
と、家族全員が楽観視していたことも思い出します。
最初に告げられた病名は今とは違うものだった
紹介状が必要な大きな病院で検査をしてもらった後、最初に告げられた症状はその後に告げられる病名(現在罹患しているもの)とは別物でした。
とはいえ、この時点で宣告された病名も「難病」ではありました。
両親に病名を告げられたとき、



病名について、聞いたこと…ある…ような気がする…



難病について、聞いたこと…ある…ような気がする…
と、なんだか上の空だったことを覚えています。
さらに、
- あれ?!難病って何十万人に1人とかの確率のものじゃない?
- それに罹患するだなんて、まさかそんなワケないよね!
- 検査が間違ってるんじゃない?
- 医療ミスならぬ検査ミスとか?!
と、その病気を罹患していない理由を探すことに必死でした。
私たちは、宝くじもろくに当たったことがない非常に残念な家族です。
それなのに、どうして何十万人に1人しか罹患しないと言われている病気を引き当ててしまったのでしょうか。。。
ただ、幸いなことに「進行スピードは比較的緩やか」な部類の難病を宣告されたので、その点は「まだ良かった」と思いました。
急転直下での病名変更
難病を患った、だけど進行スピードは比較的緩やかだからまだ良かった。
しかし、何度目かの診察で
進行スピードが速く、予後が非常に悪い難病に病名が変更された
のです。
発症から10年以内にはほぼほぼ…というような難病とのことで、救いだった「まだ良かった」がなくなったのです。
今になって後悔すること


私はなぜか、人の目をどうしても気にしてしまう性分。
だからこそ、
- 人様に迷惑をかけてしまうような時期に旅行なんてもっての外
- 旅行はある程度大きくなって聞き分けが良くなったら
などと、自分の中で勝手に決めていたことがありました。
基本的にはワンオペで育児をしていたので、常に疲労困憊な私。
常に私の機嫌を伺っていた(と後に申告してきた)夫。
「別に少しくらい遠出したって良くない?!」とは言えなかったようです。
だからこそ
泣いたら泣いたでいいじゃん、みんなであやせばいいじゃん、だから旅行へ行っておけば良かった
と、今になって思います。
私がこども時代、長期休暇になると色々な場所へ旅行に連れて行ってくれた両親。
祖父母と一緒に行くことも多く、親子3世代での旅行が定番でした。
だからこそ、両親にも「孫と娘家族との3世代旅行」をプレゼントしてあげたかった…
発症から4年ほど経過した今となっては、まだ比較的元気だったあの時に強引にでも旅行に行っておけば良かったと思います。
ただ当時は、明るい未来への希望が1mmも持てない病を患った家族を前に、旅行に行こうだなんて誘える勇気はありませんでした。
こうして、祖父母と孫の3世代旅行は、叶わぬ夢となってしまったのです。



コメント